マリス、モワを経たOLが書く日記。相当お休みしてました。


by fatidique
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

アイデンティティの崩壊

ちょいと小難しい話をしようと思う今日この頃。

いやー、「アイデンティティ」よく聞くコトバじゃないですか。
インテリぶって使ってみるけど、よく意味がわからない言葉でもあります。
だけれど、このアイデンティティ、持ってないと現代人として失格のレッテルを貼られます。
「自分を持っている人=近代的な人」
「自分を持っていない人=近代的じゃない人」
それではどうやったらアイデンティティを確立できるのか。
自分を知る以外に他なりません。
では自分を知るにはどうしたらよいのか。
それは自分が他の人からどう見られているのか知るしかありません。
しかし、他人が自分をどう見ているのかなんて分かりません。
あくまで「私は他の人からこんな風に見られているに違いない」
と、自分で想像して自分を確立していくのです。
私を知るには他の人という対比する存在が必要なのです。
ところが、その他人の視線というものが「強迫」になる場合もあります。
「こういう人間としてみられないと私は駄目な人間だ」
この強迫が極端に現れたものに、拒食症や、視線恐怖症なんかがあります。

なぜ、今の社会は理由なき自殺や、訳の分からない殺人や犯罪、不登校、
キレる若者など、様々な病理を抱えているのでしょうか。
全ての原因はこの「ポストモダン」つまり後期近代社会のせいです。
私たちは近代社会において、「個」を尊重する社会に生きています。
江戸時代なんかは村社会なので、共同体で生きてきました。
ところが、核家族化に代表されるように、共同体は解体し、
私たちは「ひとり」として扱われるようになったのです。
その為、アイデンティティをしっかり持っていないと、
「個」を持っていない、つまり自分を持っていないというレッテルを貼られるのです。
しかし、近代社会の前半は、アイデンティティを確立するために、
「仕事」という人生の目標が大きな役割を果たしてきてくれました。
勉強をして、いい会社について仕事をこなすことが素晴らしい人間であると。
ところが、殆どの人の生活水準は標準ラインにまで引き上げられ、
物が飽和状態になってしまいました。
そうなると私たちの仕事に対する情熱は薄らいでいきます。
そうしなくとも手元に「物」はたくさんあるのだから。
とうなると、何を目標に生きればよいのでしょうか?
自分のアイデンティティとは一体何なのでしょうか?
そこを見失ってしまうと、この世がなんと虚無的に見えることでしょう。
理由なき自殺はそこから来ているといえます。
自分を知る方法が、「他の人から自分がどう見られているか」と想像することでしか
確認できないのです。

学校という場は、枠にはまった真面目人間生産工場です。
ところが今や社会自体もその生産工場です。
いいように動く真面目な人間じゃない人間は排除される社会なのです。
それが近代社会です。
近代社会は徹底して合理化を求め、全てを整理整頓し、
全てを監視下において、無駄を省く社会なのです。
考えてみてください。
私たちは既に住基ネットにより、国に番号をつけられ監視されているのです。
既に近代のシステムに組み込まれているのです。
近代社会の権力というものは、パワーではなく、統制です。
私たちは知らず知らずのうちに、ゆっくりと、番号どおりに整列させられているのです。
しかし、それが緩やかに統制させられていくので、
私たちはそれを苦痛と感じません。
ゆっくりゆっくり権力は介入してきます。
ところが、厄介なことに、権力を握っているのは誰でもないのです。
確かに決めているのは国ですが、その国ですら近代のシステムの一部であり、
外のものではないのです。
本当は誰も動かしていないのに、誰もこうしろとは言っていないのに、
権力が勝手に動いているなんとも不気味な社会なのです。

そんな社会を敏感に感じ取ってしまうと、この社会で生きることが困難になります。
だから、訳の分からない犯罪や、理由なき自殺、不登校などが増える一方なのです。
彼ら、彼女らは敏感すぎるのです。
「普通」に生きている私達の方が鈍感なのです。
では、オウム真理教の井上嘉浩が中学三年のときに書いた詩をご紹介します。

朝夕のラッシュアワー  時につながれた中年たち
ちっぽけな金にしがみつき  ぶらさがっているだけの大人達
工場の排水が  川を汚していくように
金が人の心をよごし  大衆どもをクレージーにさす
時間においかけられて  歩き回る一日がおわると
すぐ、つぎの朝
日の出とともに  逃げ出せない、人の渦がやってくる
救われないぜ  これが俺たちの明日ならば
逃げ出したいぜ  金と欲だけがあるこの汚い人波の群れのなかから
夜行列車に乗って

(宮台真司 『終わりなき日常を生きろ』 80ページより)


この詩はまさに近代社会を皮肉っています。
ところで、アイデンティティとは、本当に持っていなければいけないものなのでしょうか。
アイデンティティという概念は昔はなかったのです。
そう、共同体に埋もれてた人間を掘り出して「個」というものに仕立て上げた時から
アイデンティティは誕生したのです。
これは近代の産物なのです。
そのアイデンティティを上手く作り上げられない人がたくさん居ます。
そういう人たちは、「自分を持たなければダメだ」と更にもがき、
周囲からは「頑張れ」と励まされるのです。

ああ、長くなってしまった・・・
実はこれ、明日の試験のまとめをしただけなんです(爆)
自分で解釈しないと明日の試験の論述書けそうにないからさ・・・
でもこうしてまとめてみると少しは講義の内容が分かった気がしたよ。
(途中かなり暴走したけど)
でも、この講義は結構私好きだったので、是非皆さんも
アイデンティティや近代社会について考えてみてくださいマシ。
[PR]
by fatidique | 2005-01-19 03:08 | その他